思想地図vol.3 特集 アーキテクチャ

思想地図vol.3 特集 アーキテクチャ
シンポジウム 「アークテクチャと思考の場所」
浅田彰磯崎新宇野常寛濱野智史宮台真司東浩紀


「鳥の巣」から考える(20XX ニコニコスタジアム)


シンポジウムの内容を「鳥の巣」のみから考えてみる。 そのために準備として、まずシンポジウムの発言に勝手に注)を付けます。

  • 注1) 75P 磯崎新の言及している「鳥の巣」の構造に関しては 「新建築 2008年12月号」の中で、構造家の川口衞さんが詳細に書かれている。「鳥の巣」は当初、開閉式の屋根を中央に設けた形で計画が進められるが、加重とコストを減らすべく中央の開閉式の屋根はあきらめ、かつその中央の開口部分を大幅に広げる事でようやく実現できる事になる。しかもその構造形式はもともと徹底的に不合理な上、開閉式の屋根を中止した事でそれらが支えているものはほとんど何もなく、徹底的に不合理なその構造体は単に自らの巨体を支えているに過ぎないのである。  実はこの事件には先例がある。今から32年前、1976年モントリオール・オリンピックの主競技場が、当時の市長の全面的な支持により建設が始められる。しかし当初の6倍の予算を投じても期限内に完成せする事はなく、開閉式の屋根を支えるはずのタワーは1/3までしか完成していない状態でオリンピックを迎える。しかも開閉式の屋根はその後、結局何度試みても完成させる事が出来ず閉鎖型の屋根に落ち着くが、その後もコストは追加され続け、オリンピック終了後の30年間、2006年まで市は負債を払い続けることになった。(総額15億ドル、当初の予算の15倍)この2つの事件には大きな違いがある。後者は市長が個人的に決定したものであったが、前者は国際コンペの結果であり、前者に比べればかなり民主的な方法で設計案を選んでいる。この記事の中で川口衞自身は「審査委員による選択が適切であれば、浪費型の案を選ことまぬがれたかもしれない、設計コンペにおける審査委員の能力と見識が大いに求められる所似である。」と締めているが、この点に関しては後述する。注)実は川口衞自身は、非常に斬新な構造をいくつも設計されている方でもあり「EXPO'70富士グループ館」では非常に珍しい、空気膜構造という空気を構造にした建物を実現したりしている。
  • 注2) 75P「鳥の巣」をデザインしたと言われているアーティストはアイ・ウェイ・ウェイ。「建築ノートNo.3」の中でも取り上げられているが、進行中のものも含めて、相当数の建築を手がけており、それらの作風をみても、実はもうほとんど建築家と変わらない。

注2のようにほとんど建築家と変わらない以上、アーティストとしてアイ・ウェイ・ウェイに注目しても実はあまり面白くない。注目すべきは、オランダの建築雑誌「MARK magazine」#15にてARCHITECT AND VISUALIZERとして紹介されている
PHILIPP SCHAERER」です。
ttp://www.philippschaerer.ch/
彼こそが今回のシンポジウムで言及されているような建築家像に最も近いし、今までになかったタイプの建築家です。ホームページをみると分かりますが、まさに、フォトショップアーキテクトというか、デジタルツールを使って様々なイメージのみを次々に作り出している。しかもその彼が実は、この「鳥の巣」のイメージを作ったその人でもあるのです。

パトロン等がいなくなった現代の建築家は、コンペによってしかなかなか大型のプロジェクトは取ることはできず、現実的には審査も全てがプロヘッショナルだという訳ではない以上、ビジュアルのイメージがどうしても重要になってきてしまいます。資金集めをするグッゲンハイムのような所でも、最初に世界に流通するイメージはそれらに頼らなければならない以上、もうこれはどうしようもない。 しかもそのプロフェッショナルと言った所で、今回の「鳥の巣」の審査にはレム・コールハースも入っているし、今回のシンポジウムではその構造を批判していた磯崎新自身も、横浜大桟橋の審査では渡辺邦夫(構造家)に叩かれたりしている訳で、実はそんなに簡単な話ではありません。

そういった事とは別に、提案された13案が公開されているのですが、 ttp://www.bjghw.gov.cn/forNationalStadium/indexeng.asp

正直、こうやって見てみると提案されている13案の中で、あの時期に中国で行うオリンピックのメインスタジアムである、という事を踏まえると、普通に考えれば「鳥の巣」を選ぶしかない。それぐらい巧くイメージを表現しているし、世界にそのイメージを表現する事がオリンピックという国家プロジェクトだった以上、あの中から選ぶならやはり「鳥の巣」を選ぶでしょう。もちろんイメージを巧く作りつつも、内容も素晴らしく、コストコトロールが出来たものがいいのは当然なのですが、事実として、なかなかそういった建物はそうはありません。

ここで突然ですがシンポジウムに戻ります。濱野智史さんの発表の最後の部分「インターネットという人工的・擬似的な自然環境の上でアーキテクチャの実験が次々と行われては自然淘汰されているとするとき、私たちは、いかにしてその自然が暴走しないようにコントロールしつつ、そのあまたの成果をヴァーチャルな世界に限定する事なく、現実の空間に適用していくことができるのか」
そして前述のように、オリンピックを行う国や都市が必要なのは「マスメディアに流布するイメージ」のみだとすると、その「イメージを現実の世界に実現させること」のみが難しく不経済な事を生み続けるのだとすれば、、、今年のWBCでは、海外の球場なのに日本の広告が表示されていましたが、あれは位置検出技術を使いCG合成で各国に合わせた広告を実現させたものでした。そうです、上記2点のように重要なのはイメージであるのだから、この際大型のブルーバックスタジオを作り、CGで合成したイメージのスタジアムをオリンピックスタジアムにすればよいのではないか。
カメラを持ち、権利を購入した人を合成し観客にする。音声も当然合成させる。コメントもつける。選手ごとにタグもつけ、見ている観客は任意で情報等(これまでの記録)を引き出せるようにもする。これならば、イメージを物理空間に変換する時に起きていた問題は解決するし、今まで不可能であったどんなイメージの空間でも実現させる事ができます。
反論も当然予想されます。スタジアム等の物理的な物を作り、世界中から大量に人々を呼び込み、建設工事等によって、需要を増進させることが重要なのであって、そんな事では意味がないのだと。しかしもう我々はそれが詭弁であることを知っています。15億ドルも支払ったあげく、実現させる事が出来なかったスタジアムはその事を十分教えてくれています。あまりに大きな建造物の場合には維持管理の問題もあります。また現在では資源が有限であるという事をますます考えなくてはならなくなって来ました。世界中の国の観客を一度に集める事が出来るスタジアムはこれまでは想像すらできなかった。今後東京でもし、オリンピックが開かれる事になるなら、この案ならさまざまな意味で大きなアピールになる事でしょう。近い将来インド等がもしオリンピックを行う場合、それこそIT国として非常に有効な武器になるでしょう。荒唐無稽で非実現的だと思われるようなアイデアだからこそ、オリンピックという舞台でやる意味があるのではないでしょうか。