リノリウム@東浩紀×市川真人トークショー

                                                           

東浩紀×市川真人トークショーに行って来ました。トークショーの中身は他の人が書かれているものがあるので、題名にあるとおり、その中で出て来た言葉、「リノリウム」について書いてみたいと思います。



東さんと市川さんの会話の中で

自然主義文学とは風景描写を書く事、つまり木を書く事。だけど木の種類なんて普通知らない。あとなぜか小説によく出てくる固有名詞が、リノリウム!なんなんだろうね、リノリウムって?水回りとか病院とかに使っている四角いやつか?なんかよく分からないけど、よく出てくる、、、」(注 メモを取っていた訳ではないので正確ではないです)

といったような話がありました。リノリウムとは何でしょうか?まずはウィキペディアを見てみますw。 wikiによると
リノリウム(linoleum)は、建材の一種。床材などに使われる。 塩ビなどに比べ製造時間が非常に長い。施工後少しの間、原料の油分が臭気を残すが、次第に消滅する。 公共の建物に多く使用されるが、住宅ではトイレ、水周りが一般的。)

となっています。詳しくは日本でも取り扱いはあるので調べてみて欲しいのですが、見た目には繊維状の模様があるシート状の床材です。しかし、お二人の会話や会場の反応を見ても、リノリウムという言葉は現在の日本では、塩ビシートやCF、ビニル床タイル、Pタイル等の事を指していると思います(現在リノリウム自体はそれらに取って代わられてあまり使われない)。ただそれは、そもそも小説のなかのリノリウムが間違った使われ方をしていること。しかもそれが、リノリウムが遠い過去に木や石に変わって使われ初めた頃に「無機質で味気ないもの」として受け止められた暗い歴史!?に由来するのではないか、と思うのです。順を追って見ていきます。


1) リノリウムが病院等で使われ始めるが無機質で味気ないものと受け止められる。*注1
2) 似た材料として塩ビシート等がでてくるが似ているためリノリウムという言葉はそのまま残る。*注2
3) 塩ビシート等が進化して木や石に見えるようにプリントしたものがでてくる。(また全くの無地なものも出てくるのでリノリウムの立場がいろいろ微妙になる)
4) さらに進化して本物の木や石に見えるようにプリントだけでなくテクスチャーもつけたものが出てくる。(環境問題から天然素材のリノリウムは一部評価される)


ところが現在の病院では、かつての無機質な雰囲気は出来る限り排除する傾向にあり、温かみのあるat homeな物として、フローリングに見える塩ビシートやビニル床タイル等、木に見えるシートを貼ったアルミニウムの手摺や扉等が大量に導入されています。これらは深層と表層の2層構造で出来ていて、深層の性能は高く(比較的安価で施行性が良く、歩行しやすく、音もある程度吸収し、丈夫で清掃しやすい)、表層は大量のバリエーションがあり、かつ人々のニーズに合わせて変化を続ける非常に現代的なものです。これらは建築家には偽物として人気はないけれど、外装材も含めて現在作られている大半が、これらの材料で出来ています。

しかしよく考えてみれば、ここで奇妙な事が起こっています。当初は見た目や使用場所の印象から、無機質で味気ないものとされていたリノリウムですが、確かに木材や石に比べればいくらか人口的であるにしろ、天然の素材で作られたものです。かたや完全に人口的に作られた塩ビシート等がそれに取って代わった最大の理由*注3が「木材や石に見えるから」、だと思うとなんともおかしな事態です。

まとめると、小説の中の「リノリウム」という言葉には「性能は良いかもしれないが無機質で味気ない物」という遠い記憶(近代批判?)が乗っかっていて、それを無意識に、しかも現代には上述のように二重の意味で間違った、意味の無い使い方をしている訳です。東さんの書かれた物を踏まえると(完全に妄想ですが)、トークショーのなかで東さんが「分からない」と言ったのは、近代批判そのものや、現在それをする意味が分からない、と思っているからだと思うと、あそこでリノリウムという言葉が出て来たのが、意味深い、というか、なにかおもしろいと思った、という話でした。



まあ、しかし、いろいろ書いたけれど実際には、

「青白い蛍光灯に照らされたリノリウムの上で、、、」

だと小説っぽいけど塩ビシートとかPタイルとかCF(クッションフロア)、ビニル床タイル、ホモジニアスビニル床タイルとかだとなんか純文学っぽくなくてかっこ悪いから、だけな気もします。


注1 誰もが否定的だった訳ではない。例えばミース ファンデルローエによるチューゲントハット邸が1930年だが平滑で継ぎ目がなく光沢があり壁や柱や風景等を写す鏡面状の素材として(*完全に肯定的に)使われている。
*ミースが肯定的に使ったかどうか?のエビデンスはどこかでリノリウムについてミースが話している物を読んだ気がする。しかしこの住宅はトラバーチンの床、エボニーのカーブしたパーテーション、オニキスの壁、薄いピンク色の皮貼りのソファ、クロームメッキでカバーされた十時柱、極めつけは同じくクロームメッキされた床から天井まである大型の窓でなんと電動で床下に収納される!、、、このような住宅のメインフロアに使われているのだから肯定的でしかありえない。

注2 最近の例だと坂本一成による江古田の集合住宅ではリノリウムが使われている。これは、通常この規模の集合住宅の場合フローリング風イミュテーションの塩ビシート等が使われる事、建築雑誌で活躍する一部建築家の間ではそれらの全くの無地のもの*(だいたい白、たまに黒)が使われる事、しかし文学の世界ではリノリウムという言葉が依然として使われている事、等を踏まえ、言葉に過敏なこの建築家はこれら3つに対する批評として部屋ごとに違う色の青やオレンジのリノリウムを使っている。(注意! こっちは適当な事を言っているだけでエビデンスは全くありません)
*現在日本の一部建築家のあいだではこの手のシート状の物を使用する場合、全く模様のない30センチ角のホモジニアスビニル床タイル、幅が2メートルほどで溶接された長尺塩ビシート、もしくはシート状ではないし高額で施行性も悪くなるが最も平滑な、エポキシ系塗り床材等がより抽象的な面として使われる。

注3 もちろんある程度知識がある人間にはフェイクだと分かる物ではある。ただ現在は住宅だけでなく公共の建物も消費者としての人々のニーズに答える傾向にあり、知識のある人の為でなく消費者のために作られている。病院の例はその典型だと思うのでフェイクを気づかないか、気にならない人が大半だろう。

またフェイクに関しては、最近できたザハ ハディットの設計した店舗において壁と天井をコンクリート打ち放しの(知識がある人にはすぐ分かる程度の)フェイクで作っている。説明するのが難しいがシート状のものを貼っておしまいといったこれまで上げてきたような物ではなく、本物と同じサイズにパネル分けした上に1ミリ程度の段差をわざわざ付け、Pコンの部分にも穴を空けて、それっぽくムラになるように塗装した大変凝ったものである。しかし上述のように知識があれば、天井のスリットの中、壁面の引出し、または壁の質感、からすぐにフェイクと分かるものでもある。ザハという現在世界の10指に入ろうかというような人でもその程度なんだからフェイクオッケーと見るべきか、「日本人の感覚はその程度」とザハに思われた事に腹を立てるべきか?

いや、やはり最後はあの男のあの態度、そう、ラーチ合板(最も安価でポピュラーな下地材のひとつ)の上に拡大した木目の金色のドット柄をプリントした壁をコンサートホールで使い、またプラダではプラダグリーン(それまでプラダの店舗で使い続けていた色)と同じ色の、またもや最も安価でポピュラーな下地材!のプラスターボードを目地やビスのあとをパテ処理だけしてわざわざ下地だと分かる形で使用した、あの巨人に学ぶべきか?